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「Mindfulness Annual Gathering 2026@名古屋」を終えて
MBSR(マインドフルネスストレス低減法)マインドフルネス当院について
日本国内で、ジョン・カバット・ジンの国際基準に準拠した正式なMBSR(マインドフルネスストレス低減法)講師認定プログラムは、現時点では、International Mindfulness Center JAPAN (IMCJ)と、Japan Mindfulness Collaborative (JMC)の二つの機関が、窓口となり実施しています。
当院薬剤師(私の妻)は、2024年から、その正式な認定機関の一つであるIMCJの講師認定プログラムを受講していました。
合計840時間という、長いトレーニングでしたが、ようやく修了することができ、ようやくMBSR認定講師になることができました。
そして、このご縁から、IMCJ代表の井上先生と宮本先生に来ていただいて、当院が入る健康文化館ビルの関連施設にて、1dayリトリートを行うことになりました。
井上先生と宮本先生、お二人のマインドフルで包み込まれるような穏やかな雰囲気の中で、本物のサイレントリトリートに触れられ、素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。
また、会場は、横井オーナーのこだわりが詰まった音楽ホールで、緻密な音響設計を施してあるそうです。
そのおかげで、静寂もさることながら、美しい残響が生まれ、サイレントリトリートとして、最高の場であったのではないかと思います。
おりんによる、音の時間も素晴らしいものでした。
シマタニ昇竜工房様のおりんは、おりん界のフェラーリと言われるほどの名品です。
このおりんの音、井上先生の素晴らしい演奏、この音楽ホールが揃うことによって、記憶に残る幸せな時間になりました。
そして、最後に、私が少しお話をするお時間をいただきました。
せっかくですので、その際の話を、アーカイブとして残させてもらうことにしました。
もしよかったら、拙い話ですが、読んでみてください。
とにかく、良い機会をいただきましたこと、皆さまに感謝いたします。
年に一回くらい、このようなリトリートが開催できたらいいなと思っています。
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このようなご縁をいただき、せっかくの機会ですので、私のマインドフルネスとの出会いと、それによる気づきや体験、その後の診療の変化、クリニックでの取り組みを、お話をしたいと思います。
まず、私は、滋賀県の田舎の寺で生まれました。寺で育ったものの、医学部に入り、医師になり、寺を継ぐことはないと思っていました。が、20台後半で家庭の事情で寺を継ぐ話がでてきたので、結婚と同時に一度戻りました。しかし、住職になる自信が持てず、結局諦め、名古屋に戻り、クリニックを開業しました。
「寺を捨てた 檀家さんを裏切った」とういう、後ろめたさが消えず、それによって、かえって、仏教への興味が強まっていきました。
寺を継ごうとしていた時期に住職免許をとるために、仏教の学校に通い、勉強もしました。その際に、初期仏教の概念に何かが足りないというか、生きた知恵をして理解できない感覚がありました。
たとえば、六道という概念があります。三悪道として地獄道、餓鬼道、畜生道があり、三善道として阿修羅道、人間道、天道がありますが、六道の中で解脱ができるのは人間道だけとされています。最上位である「天道」ではないのです。「生老病死という苦しみがあるからこそ、そこから脱したいと願い、解脱への実践をするからである」とのことですが、何か心から理解できない感覚がありました。
また、五蘊という概念もあります。五蘊は、「色(刺激)→ 受(感受)→ 想(概念化)→ 行(行動)→ 識(意識体験)」というものです。まるで認知神経科学モデルですが、なぜ初期仏教にこの概念を持ち出す必要があるのか、これもしっくりこない感じがありました。
マインドフルネスの概念そのものの源流は約2600年前の初期仏教ですが、現代のマインドフルネスの源流であるジョン・カバット・ジンが1979年に作ったMBSRという治療プログラムも、仕事柄、もちろん知っていました。
そして、ジョン・カバット・ジンのMBSRに影響を受けて、「思考の内容を変えるのではなく、思考との関係性を変える。ありのままに受け入れる」というマインドフルネスの視点を取り入れた新しい心理療法を次々と世に出てきていることも、当然知っていました。
そのため、現代のマインドフルネスの源流である、ジョンカバットジンのMBSRにも強く興味を持ちました。
そこで、どこから手を付けようかと考えたのですが、迷いはありませんでした。クリニックでの取り組みを考えるなら、もちろんMBSRを学ぶのがよかったのでしょうが、 私自身は初期仏教への興味がどうしても強くあったので、ヴィパッサナー瞑想を迷わず選びました。
いろいろ調べていくと、ヴィパッサナー瞑想のほとんどは出家僧のための長期間の厳しいものですが、ゴエンカ式という在家の人でも参加できるものものがあること、日本でも、10日間宿泊するサイレントリトリートのコースがあることを知りました。
コロナ禍でタイミングを逸したのですが、ようやく2022年に初回の10日間コースに参加しました。
初回コースの4日目は苦しかったですが、10日を終えましたころには、心も体も開放された感覚がありました。1回目のコースが終わってから、いろいろ良い変化が得られたので、毎日2時間程度瞑想するようになりました。
しかし、毎日2時間続けていても、半年、一年と時間が経つと、マインドフルネスの充電が減ってくるので、メンテナンスのため、その後も、10日間のサイレントリトリートに定期的に参加しています。
ヴィパッサナー瞑想を続けていて、感じたのは、よく昔の人が山に篭って穢れを落とすようなことを書いていますが、まさにそのような体験があり、悪い条件づけが取れるというか、いろいろ囚われにくくなりました。囚われても、またこの思考が出てきたなってくらいで、付き合えるようになりました。
身体的な変化もありました。よく肩や背中、全身の筋肉が張ってきて、耐えきれなくなると、マッサージや鍼灸に通っていたのですが、1回目のコースに参加して以降、それらにお世話になることがほぼなくなりました。
時間感覚の変化もあります。時間がゆっくりと流れます。とくに、しっかり瞑想をしている時期は、瞑想中以外もグラウンディングできているせいか、自動反応することが少なるため、心地よいゆっくりとした時間を過ごせます。
リトリート中の中で語られる、最も印象に残っている王と王妃の話をします。
王と王妃は、仏陀と同じ時代を生きた人で、二人とも瞑想者です。
王が王妃に尋ねます。「お前はこの世で、自分よりも愛しいと思う者が誰かいるかね?」と。
王妃は、「王様、よく考えてみましたが、私にはこの世で、『自分自身』よりも愛しいと思える人は他に誰もおりません」と迷いなく答えます。
そして、王妃はこう問い返しました。「では王様、あなたにはご自身よりも愛しい人がいますか?」と。
そして王は、「言われてみれば、私もやはり自分自身が一番愛しい」と。
「お互いに一番大切なのは相手ではなく、自分自身である」ということに直面した二人は、「夫婦なのにこれで良いのだろうか」、「仏教では自我を捨てるように教わるのに、自分を一番愛しているのは間違いではないか」と悩み、仏陀のもとを訪ねてこのことをありのままに報告しました。
仏陀は、王妃の正直さと洞察を大いに褒め、次のように語りました。「心のなかでどの方向を探してみても、自分よりも愛しいものを見つけることはできない。それと同じように、他の人々にとっても、それぞれ自分自身が最高に愛しいのである。したがって、自分が最も愛しいと知る者は、他者を害してはならない」と。
この講話を聴いて、私の人生にとって、二つの大きな変化がありました。
一つ目は、人生観です。
今まで、どこかで追われていたようなところがあったのですが、人生の目標とは、突き詰めると、自我とどう付き合うかなのだなと思えるようになりました。
瞑想していると、最初は表層の悩み事があれこれでてきますが、ある程度深まってくると「よく見られたい」とか、自分のことばかり浮かんできます。ほんと、愚かな動物だなと感じます。けれども、だって、生存本能をもつ動物だものって、温かく思えるようにもなりました。
人間の悩みは、ほとんどが対人的なものです。ときに私の自我と、周囲の自我はぶつかりあいます。しかし、自我が薄くなると、ぶつかりにくくなります。自我が薄い方が圧倒的に生きやすくなることも知りました。自我を薄めるのは、自分のためなのだと。私自身、自我に振り回された20代、30代だったので、自我との付き合い方の大切さを学びました。
人間というのは、生存本能や自己愛から逃れられません。だからこそ、それを自覚して、穏やかに生きるということ。
もう一つは、家族観です。
この王と王妃の夫婦関係にも衝撃を受けました。
それまで、夫婦というのはある程度感情をぶつけ合うというのが、本来の形であり、普通だと思っていました。家族とはそうゆうものなのだと迷いもなく信じていました。
だからこそ、この話を聞いて、カルチャーショックを受けました。夫婦がそれぞれ自我を俯瞰して、それを穏やかに語り合うという形があるんだと。
自分もそのような家庭を築きたいと心から思いました。
妻にMBSRを実践してもらうだけでも良かったのですが、一緒にヴィパッサナー瞑想のリトリートにも参加したいと考えていました。
ようやく、昨年2025年末に、念願が叶って、妻と一緒に参加することができました。
その後、家庭の空気が穏やかに変わったように感じます。
娘たちが小さいうちに、夫婦でマインドフルネスに出会えて、本当によかったと思っています。
もちろん、子供たちに、諭す、叱るってことは必要ですが、感情にまかせて怒るというのはなくなりました。
娘がイライラしているときには、家族で瞑想します。そしたら、だいたい娘がしくしく泣きだします。そこからはカウンセリングがはじまって、話をよくよく聞いていくと、ようやく、本人がその感情とその原因だろう事象に気づいてくれます。
自分自身だけでなく、家族が感情や思考を俯瞰する手助けをしやすくなった気がします。
ここまでは私個人としての話でしたが、ここからは、精神科医として、クリニックとして、何が変わったのか、お話します。
マインドフルネスをコアに持つ心理療法であるACT,MBCT、DBTや、マインドフルネスとよく比較される森田療法などは、知識としては知っているものの、心から理解しきれていない感覚がありましたが、瞑想を続けていると、これらの心理療法が、体感的にわかるようになりました。
ACTの脱フュージョンや、森田療法のとらわれからの脱却、がよくわかるようになりました。不安の裏には、執着があります。不安自体を、「文字通り」に受け取らないこと。多くの場合、その裏には、実は良い執着があること。これに気づくのが大事だとわかりました。
この理解が深まったことによって、不安障害の方に、心理的な指導がしやすくなりました。
私は、とくに森田療法が好きなのですが、これは、治療のうえで、とてもよかったと思います。
心理的なアプローチをしないと、薬で症状を抑えることになってしまって、どんどん薬が増えてしまいやすくなります。
薬の量の適正化、最小化という点ではよかったですし、何よりも一度身についた心理療法のスキルは、その方にとって、終生生きた知恵をして役立ちます。
そして、当然ながら、クリニックとしても、マインドフルネス自体にも取り組みたいと思うようになりました。
ヴィパッサナー瞑想は本質的には宗教性はないのですが、どうしても仏教という宗教的背景がつきまといます。なので、やはりクリニックでやるのであれば、MBSRだろうということで、準備を始めました。
既にお話したとおり、妻が理解してくれたので、IMCJさんの講師養成講座を受講させてもらうことになりました。
講師に認定されるまでは時間があるので、それまでにも何らか取り組みたいと思い、2024年から、ショートケアとして、ヨガとボディスキャン、静座瞑想などを組み合わせたマインドフルネス講座をはじめました。
やっていて気がつくのは、思考との関わり方が上手になっていくおかげで、表情が柔らかくなってくる方が一定数おられますので、やっていてよかったなと思います。
診察でマインドフルネス系の心理療法についてお話したりするんですが、「マインドフルネス講座に参加するようになってから、先生が言っていることがわかってきました」と言っていただけることがあります。やっぱり、知識だけではない、体験的な理解が必要だなと思います。これも、マインドフルネス講座をやった甲斐があったと嬉しくなります。
あと、森田療法は本来、入院治療で、絶対臥褥を1週間します。スマホ、読書、会話、気晴らしなどを一切禁じられ、食事・洗面・排泄以外は終日布団に横たわって過ごします。この間、自分の内面の不安や恐怖と、直面せざるを得なくなります。前半は激しい不安に襲われますが、後半は「不安などの思考は自然現象で止めることはできない。不安を抱えたままでも、自分は壊れない。」ということを悟ります。
この間の体験が森田療法の土台となりますが、この最初の絶対臥辱がマインドフルネスで代替できるんだろうと私は考えています。
今は、入院で森田療法を受けられる病院はほとんどなくなってしまったからこそ、マインドフルネスが重要なのではないかと思います。
おかげさまで、妻が講師の認定を受けられたので、 これから、正式なMBSR8週間コースにも取り組んでいきたいと思っています。
どのように、患者さんによい変化が起こるのか、お役にたてるだろうかと、とても楽しみにしています。
長くなりましたが、ありがとうございました。

Mindfulness Annual Gathering名古屋
International Mindfulness Center JAPAN様主催のMindfulness Annual Gathering名古屋にて、
当院院長がIMCJ代表井上清子先生と対談をさせていただく機会をいただきました。
静けさの中で自分と向き合うマインドフルな時間。
心に深く染み渡るシマタニ昇龍工房様のおりんの音色。
そして、マインドフルネスの「これから」を語り合う対談。
今回、この素晴らしい時間を包み込んでくれた場所「5/R.Hall & Gallery」は、クリニックのあるビル「健康文化館」のオーナーの想いが溢れる素晴らしい場所。
こころとからだ 健康と文化 様々な視点から感じる貴重な体験となりました。
今回このような素晴らしい機会をくださったIMCJ井上清子先生、宮本賢也先生、横井オーナー、シマタニ昇龍工房様、そしてご参加いただいた皆様に心より感謝申し上げます。

マインドフルネスの「質」を問う: 心のエクササイズには正しい指導者が必要な理由
MBSR(マインドフルネスストレス低減法)こころからだスクール(保険適応)マインドフルネス
昨今、書店やSNS、ビジネスセミナーなどで「マインドフルネス」という言葉を見ない日はありません。
ストレス社会を生きる現代人にとって、心を調える優れたアプローチとして定着したことは、喜ばしい限りです。
しかし、その一方で「マインドフルネストレーナー」や「インストラクター」を名乗る人々が急増し、玉石混交の状況を呈していることに、私は一人の医師として強い危機感を抱いています。
マインドフルネスは、単なる「リラクゼーション」や「癒やしのツール」ではありません。本来は、科学的なエビデンス(医学的根拠)に基づいた厳格な心身のトレーニングです。
だからこそ、誰から、どのように学ぶかが決定的に重要なのです。
「ブーム」の裏に潜むリスク
現在、数日間の通信講座や独自のワークショップを受けただけで、トレーナーとして活動している人が少なくありません。
もちろん、そのすべてが悪意あるものとは言いませんが、マインドフルネスの指導には、人間の「心」と「脳」、そして「身体」に対する深い理解が不可欠です。
特に注意が必要なのは、うつ病、不安障害、あるいは過去に強いトラウマを抱えている方々です。
安易な方法や、知識の浅い指導者のもとで瞑想を実践すると、抑え込んでいた感情や過去の記憶が急激にフラッシュバックし、かえって症状を悪化させてしまうリスク(瞑想の副作用・魔境などとも呼ばれます)があります。
心のエクササイズであるからこそ、正しいフォームと適切なサポートが必要なのです。
世界基準の「MBSR認定講師」という選択肢
では、何を基準に「正しい講師」を選べばよいのでしょうか。一つの明確な指標となるのが、マインドフルネスの原点であり、医学的・心理学的エビデンスが最も豊富に蓄積されているMBSR(マインドフルネスストレス低減法)の正式な認定講師です。
MBSRは、1979年にジョン・カバット・ジン博士によって開発された8週間のプログラムです。この指導資格を得るためには、極めて厳格で長期にわたるトレーニングと、自身の深い実践(何日にも及ぶ沈黙のリトリートなど)が義務付けられています。
<世界的に認められている代表的な養成・認定機関>
•ブラウン大学(Brown University)のマインドフルネスセンター
• カリフォルニア大学(UC)各校のマインドフルネスセンター
• IMA(Institute for Mindfulness-Based Approaches ):ドイツが拠点。日本ではInternational Mindfulness Center JAPAN(IMCJ)が提携して実施。
• GMC(Global Mindfulness Collaborative):約14ヵ国の教育・研修機関で構成。日本ではJapan Mindfulness Collaborative(JMC)が窓口となり提供。
これらの機関から認定されたMBSR講師は、プログラムを安全かつ効果的に進めるための知識だけでなく、参加者の心に予期せぬ揺らぎが起きた際に対処する「臨床的な視点」も徹底的に訓練されています。
正しい方法で、最大の恩恵を
日本では、これらの国際的な認定を持つ講師は、医師などの医療従事者を含め、まだまだ非常に少ないのが現状です。
だからこそ、私たちはその価値を正しく認識する必要があります。
マインドフルネスを本格的に学びたい、あるいはメンタルヘルスの改善として生活に取り入れたいとお考えの方は、ぜひ「その講師がどのようなバックボーンを持ち、どこの認定を受けているか」を確認してください。
心というデリケートな領域を扱うからこそ、流行に流されず、本物の知識と安全な技術を持った指導者のもとで、正しいマインドフルネスの扉を叩いていただけることを、切に願っています。
MBSR(マインドフルネスストレス低減法)とは: 有効性が支持されている「心の整え方」
現代社会において「ストレス」という言葉を聞かない日はありません。
2026年現在、テクノロジーの進化により私たちの生活は便利になりましたが、一方で脳は絶え間ない情報の荒波にさらされ、常に「評価」や「比較」のバイアスに晒されています。
こうした中、当院が治療の重要な柱の一つとして位置づけているのが、MBSR(Mindfulness-Based Stress Reduction:マインドフルネスストレス低減法)です。
MBSRは、1979年にマサチューセッツ大学医学部のジョン・カバット・ジン博士によって開発された、8週間の構造化されたプログラムです。
もともとは慢性的な痛みを持つ患者さんのために用いられましたが、現在では不安症、うつ病、ストレス関連疾患、さらには健康な人のレジリエンス(回復力)向上にも広く応用されています。
マインドフルネスとは、一言で言えば「今、この瞬間に、評価や判断を加えず、意図的に注意を向けること」です。
私たちは日常生活の中で、過去の失敗を悔やんだり、未来の不安を先取りしたりして、頭の中が「心ここにあらず」の状態になりがちです。
MBSRは、その意識を「今」へと呼び戻すトレーニングです。
専門的な視点から言えば、MBSRは私たちの脳を「Doingモード(何かを達成しよう、解決しようとするモード)」から「Beingモード(ただ、そこに在るモード)」へとシフトさせる練習です。
Doingモードとは、 ストレスに直面した際、私たちはそれを「取り除かなければならない敵」と見なして戦います。
しかし、心の悩みは戦えば戦うほど、反芻(はんすう)思考によって深みにハマってしまう性質があります。
Beingモードは、 MBSRでは、湧き上がる感情や身体の感覚を「単なる現象」として客観的に観察します。
たとえ不快な感覚であっても、それを排除しようとせず「あるがまま」に認めることで、脳の扁桃体(不安のセンター)の過剰な興奮が静まり、前頭前野(理性のセンター)の働きが回復していくことが、最新の脳科学研究(神経可塑性)でも明らかになっています。
MBSRでは、8週間にわたり以下のような技法を段階的に学びます。
ボディスキャン: 身体の隅々に意識を向け、微細な感覚を感じ取る。
静坐瞑想(座る瞑想): 呼吸や音、思考の移り変わりを静かに観察する。
マインドフル・ムーブメント: 自分の身体の限界や動きの感覚を丁寧に味わう。
これらを通じて、日常生活のあらゆる瞬間(食事、歩行、対人関係)にマインドフルネスを取り入れる「ライフスタイルとしてのセルフケア」を確立していきます。
当院は「多機能型精神科診療所」として、通常の外来診療だけでなく、保険適応のショートケアプログラムのなかで、マインドフルネス(MBSR)やヨガといったボトムアップ(身体から心へ)のアプローチを組み合わせた治療体制を整えています。
MBSRは、単なるリラクゼーション法ではありません。それは、自分自身の人生という荒波の中で、自分という船の「舵(かじ)」を再び自分の手に取り戻すためのトレーニングです。
「いつも不安が頭から離れない」「休んでいるはずなのに疲れが取れない」という方。その苦しみを抱えたままで構いません。
MBSRという「知恵」を通じて、あなたの中に眠っているレジリエンス(しなやかな強さ)を一緒に見出していきませんか。
心の「回復力(レジリエンス)」を最大化するために:薬物療法を超えた多角的アプローチの重要性
こころからだスクール(保険適応)マインドフルネス個別心理カウンセリング多機能型精神科診療所当院について森田療法
私たちは日々、心の不調に悩む方々と向き合っていますが、治療において最も大切なのは、単に「症状を抑えること」だけではありません。
その先にある、困難に直面してもしなやかに立ち直れる力――「レジリエンス(精神的回復力)」を引き出し、育んでいくことこそが真のゴールだと考えています。
今回は、なぜ当院が薬物療法だけでなく、各種心理療法、ヨガやマインドフルネスといったセルフケアを重視し、多機能なクリニックを目指しているのか、その理由をお話しします。
2026年6月の診療報酬改定により、日本の精神医療は大きな歴史的転換点を迎えました。
今回の改定では、これまでの「薬物療法中心」のモデルから、「心理支援を併用した多職種協働型」の医療へシフトさせるという国の明確な意図が示されています。
公認心理師によるカウンセリングの適応拡大や、多職種が連携して患者さんを支える仕組みの評価が高まったことは、私たちがかねてより提唱してきた「お薬だけでなく、対話や身体へのアプローチを統合する治療」の重要性が、社会的に認められた証でもあります。
心の不調は、生物学的な要因(脳の機能)、心理的な要因(考え方の癖)、そして社会的な要因(環境や人間関係)が複雑に絡み合って起こります。
これに対し、一方向からのケアだけで解決しようとするのは限界があります。
当院が推奨する「多角的アプローチ」には、以下のような相乗効果があります。
• 薬物療法: 脳の神経伝達物質を整え、心の「土台(ベースライン)」を安定させます。漢方薬も、症状によっては、十分な効果が得られます。
• 心理カウンセリング、心理療法、: 対話や体系化された心理療法を通じて、自己理解を深め、認知や行動のパターンを見直します。
• 身体的アプローチ(ヨガ・マインドフルネス): 呼吸や身体の感覚に意識を向けることで、自律神経のバランスを整え、ストレスに対するしなやかな心身を作ります。
トップダウン(認知・薬物)だけでなくボトムアップ(ヨガ・マインドフルネス)の視点を持つことは、慢性化を防ぐ上で極めて有効です。
これらが組み合わさることで、単なる「症状の消失」を超えて、自分自身の心身をコントロールできているという実感(自己効力感)が生まれ、レジリエンスが強化されていくのです。
当院では、医師による診察に加えて、公認心理師によるカウンセリング、集団心理療法、さらには、ヨガや、マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)を取り入れたセルフケアのなど、多彩なプログラムを実践しています。
これらは単なる「オプション」ではありません。患者さんがクリニックを離れた後の長い人生においても、自分自身をケアできる「一生物のスキル」を身につけていただくための、治療の柱です。
私たちは現状に満足することなく、今後さらに「多機能な心の拠点」になれるよう邁進してまいります。
精神科医、公認心理師、看護師、薬剤師、MBSRトレーナー、ヨガインストラクターなどの知見を持つ専門家たちが、一つのチームとしてあなたを支える。
そんな「多職種協働」の力を結集し、誰もが本来持っている「健やかになろうとする力」を最大限に引き出せる場所でありたいと願っています。
「お薬を飲んでいるけれど、もう一歩先の安心がほしい」「自分の力で自分を整える方法を知りたい」という方、どうぞ、私たちの扉を叩いてください。
あなたのレジリエンスを育めるように一緒に伴走していきます。
10日間のリトリートに参加してきました
あけましておめでとうございます
年末年始は、長く休診してしまい、大変申し訳ございませんでした
この間、10日間のサイレントリトリートに参加してきました
実質、11泊12日という長期のものです
今回で3回目でした
とある事情によって、今までで最も過酷な修行となりましたが、なんとか最後までやりきることができました
良い思い出です
「calm mind(平静な心)」と「attentive mind(注意深い心)」が、マインドフルネス瞑想の両輪であること
この両輪の均衡がとれていないといけないこと
改めてではありますが、体感的によくわかりました
ごく限られた狭い範囲の、小さな感覚への注意深い観察の重要さ
十分行ってから、ボディスキャンに入る方がよいことも、身をもって痛感しました
マインドフルネスを育み、維持できるように、日々のメンテナンスを続けていきたいと思います
2026年も、初心を忘れることなく、日々の診療に集中していきたいと思っております
どうかよろしくお願い申し上げます
マインドフルネス瞑想の10日間の合宿に参加してきました
あけましておめでとうございます。
今回の年末年始は長い休暇をいただき、大変ご迷惑をおかけしました。
実は、この間、マインドフルネス瞑想(ヴィパッサナー瞑想)の10日間の合宿に参加してきました。
静かな自然の中に籠って、沈黙を守り、ただただ瞑想をするというもので、今回で2回目の参加でした。
1回目もそうでしたが、やっぱり心身がリセットされますね。
日常生活で染みついた条件付けが取りさらわれ、白紙に戻るような感覚と表現してもいいかもしれません。
感覚が鋭敏になり、時間の流れが変わります。
瞑想合宿の間と、その後しばらくは、「今、一瞬一瞬」にとどまるとはこうゆうことなんだなって体感できます。
しばらくすると、このマインドフルな状態は弱まっていってしまうのですが、、、
2回目の参加で、感じとりにくい微細な身体知覚を、普段の生活の中でもしっかり浮き上がらせておくことの重要性がわかりました。
合宿後はボディースキャン瞑想をメインで行うようになり、日常生活の中での身体感覚が鋭敏になったように感じられます。
とにかく、いろんな意味で良い時間を過ごすことができました。
大事な時間を使わせてもらった家族に、感謝しなくてはなりません。
有名な禅語に「吾唯知足(われただたるをしる)」があります。
「不平不満を言わず、満足する気持ちを忘れないように」という意味合いで説明されることもありますが、
合宿後にこの言葉に触れて、「わたしはただ、満ち足りていることだけを知っている」という本来の意味を少し感じられた気がします。
自我が渇望したり不安恐怖したりしているだけで、実はもう満ち足りていると。
少しずつですが、自我に振り回されない穏やさを育んでいきたいと思っています。
2025年も、微力ながら一歩一歩精進してまいります。 どうかよろしくお願い申し上げます。
マインドフルネスから見える、東洋と西洋の違い
マインドフルネス瞑想をしていると、「感情と思考に常に振り回され、反射的に反応をしていること」に気づきます。
西洋の心理療法では、感情や思考に振り回されていることに対して、論理的にその心の動きを制御しようとします。
それに対して、東洋では、論理よりも感覚的です。身体感覚に近いかたちで、思考と感情と付き合っていきます。心の動きの原因を論理的に追及せず、そのままその心の動きを手放していきます。
仏教では四苦というものがありますが、老病死だけでなく、生、つまり生きることも苦と考えます。
もちろん、生きるうえでの苦労は尽きませんが、苦労だけでなく、快楽に反応することも苦と考えます。快楽は求めれば求めるほど、次の快楽を欲してしまい、このループも苦なのです。
そのため「こころの動きに反応しない生き方」を説いています。
反応しないとは行動に移さないことだけでなく、浮かんできた思考や感情をもコントロールしようとせず手放していくことが、本当に反応しないということになります。
西洋発の心理療法ももちろん必要ですし、とても役立つものです。その一方で、心の動きと付き合ながらうまく手放していく東洋的なアプローチも大変有用です。
関連記事:マインドフルネスってなあに?、マインドフルネス瞑想の簡単な始め方
マインドフルネス瞑想の簡単な始め方
日本では瞑想というと「なんかよくわからない。スピリチュアルで怪しい」と感じる方が今もおられますが、米国ではランニングのような健康法の一つのようになってきています。
まず簡単に始めるなら、息をひたすら観察し続ける、呼吸の瞑想を試してみるのがよいと思います。
最初は、数分も経たないうちに、思考に意識を持っていかれてしまい、呼吸の観察が途切れてしまいます。これはマインドワンダリングと言い、心の迷走やモンキーマインドとも呼ばれます。
諦めずに続けていくと、少しずつ呼吸への注意が続くようになってきます。そのうち、呼吸を観察するように、思考や感情も客観的に観察できるようになってくるでしょう。ここで、大事なのは、思考や感情に反応せず、静かな心でそれらを手放していくことです。
そして、この呼吸の瞑想を毎日の習慣にすることがとても大切です。
テーラワーダ仏教僧や禅僧のような穏やかさを手に入れるのはなかなか難しいかもしれませんが、続けていれば多少でも情緒が乱れにくくなるなどの効果を感じるようになると思います。
ヨガは、体を動かす瞑想と言えます。体を動かす方が得意な方は、ヨガから初めてみるのもよいでしょう。
関連記事:マインドフルネスってなあに?、マインドフルネスから見える、東洋と西洋の違い
マインドフルネスってなあに?
ここ数年、マインドフルネスという言葉を聞くことがより一層増えて、聞いたことのない人はいないのではないでしょうか。
”be mindful”は、「注意を払う」「気を配る」という意味で使われます。
この”mindful”の名詞形である、”mindfulness”は、19世紀後半にイギリスの東洋学者が、パーリ語(古代インドの言語)の”sati”を英訳した際に使われました。"sati”は、「心をとどめておくこと」や「心にとどめておかせるはたらきとしての注意力」という意味を持ちます。
それから半世紀以上がすぎた1954年に、テーラワーダ仏教僧のニヤーナポニカ・テラが「仏教瞑想の核心:ブッダのマインドフルネスに基づく精神修養ハンドブック」という本を出版しました。題名の通り、マインドフルネスを仏教瞑想の核心として据えています。本のなかで、マインドフルネスは「最小限のありのままの注意(bare attention)」であり、なにも神秘的なものではないと断ってあります。
その後、西洋ではマインドフルネスを「ありのままの注意」として扱われるようになりました。そして、ブッダが行っていた初期仏教の瞑想法であるヴィパッサナー瞑想と呼ばれる「洞察瞑想」と、マインドフルネス瞑想が同一視されるようになっていきました。
マインドフルネスという言葉が日の目を見る最も大きな契機は、ジョン・カバットジンによる「マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」という治療プログラムによって、その効果が実証されたことです。MBSRは、マインドフルネス瞑想とヨガを組み合わせたような治療パッケージです。1985年に、慢性疼痛患者90人に対して、MBSRが実施され、コントロール群に比べ、痛み、不安、抑うつが改善されたと報告されました。追試によっても、この効果は実証されています。乾癬、高血圧、不安・パニック障害などでも、症状が改善されたという報告がなされています。
さらに、このMBSRをベースとした「マインドフルネス認知療法(MBCT)」が、うつ病の治療や再発予防に効果を上げています。
また、「マインドフル・セルフ・コンパッション」という、2010年にクリストファー・ ガーマー、 クリスティン・ネフによって開発された集団心理教育も、最近ではよく知られるようになってきました。

