コラム記事一覧Column archives
うつ病/うつ状態のときの大きな決断について
うつ病の治療を行っていると、仕事のことは絶対に避けて通れません。
今回は、退職や転職などの決断について大事なことをお話しします。
それは、「うつ状態のときには重大な決断をしない」ということです。
なぜかというと、うつ状態のときは、しっかり頭が回らず、冷静に物事を考えられないだけでなく、うつ症状によって悲観的な観測ばかりをしてしまうためです。そのため、良い判断はできません。
退職だけではありません。離婚や大きな取引ついても同じです。
これらの不可逆的(元に戻すことができない)な重大な決断は、頭がよく回るようになってから、冷静に物事を考えて行うのがよいと思います。
そのため、診察時にうつ病の方が「もう体が動かなくて会社に行けないから退職しようと思っている」「とにかく仕事から離れたいから退職届を出すつもりです」とおっしゃったとしても、「まずは休職して、よくなってから冷静に考えてください」と説得します。
うつ病の最中に退職してしまって、短期的には仕事の重圧がなくなって気持ちは楽になりますが、うつ病がよくなって本調子になってから後悔してしまうこともあります。仕事だけでなく、結婚や大きな取引も同様です。
一方で、決断を延期するように促さない場合もあります。
うつ症状が軽度で判断力がある方が「ここの会社はどうしても自分には合わないから転職をしようと思っている」とおっしゃったなら、多くの場合は反対しません。
明らかに衝動的な決定だったり、明らかに良くない決断である場合には「もう一週間だけ考えましょう」とアドバイスしたり、「もう少し時間をかけて一緒に考えていきましょう」と解決策を一緒に考えていく姿勢をとっていきます。
不用意に重大な決断をしてしまったことで、後々になって、心にも、社会的にも、大きな痛手を負ってしまうことがあります。
人の人生というのは、節目節目で、何かを選んで、場合によっては何かを捨てて、形づくられていきます。
うつ病になったということは、無理が生じてきた結果であり、人生の一つの節目になることが多くあります。
だからこそ、大きな決断は慎重にしていくべきですし、良い決断ができる状態で、しかるべき時期にしっかり行ってください。
できるかぎり不利益がないだけでなく、将来に活きる決断ができることを願っていますし、主治医としてもできるかぎり助けになれればと思っています。
関連記事:うつ病がちゃんとよくなっているのかがわかる指標ってあるんですか?、同僚にADHDではないかと言われたけど、、、、うつ病の方の復職について、うつ病の方の不安について
PMSとPMDDの治療について
月経前症候群(premenstrual syndrome : PMS)とは、月経前に、精神的あるいは身体的な不快な症状が出現し、月経開始とともに軽快あるいは消失するものをもののことを言います。
PMSの症状には、イライラ、憂うつ、不安、集中力低下、眠気、不眠、のぼせ、ほてり、食欲低下、食欲亢進、めまい、倦怠感、腹痛、便秘、下痢、頭痛、腰痛、むくみ、乳房の張りなどがあります。
そして、PMSのなかでも、とくに精神症状(憂うつやイライラなど)が強いものを、月経前不快気分障害(premenstrual dyspholic disorder : PMDD)と呼びます。
症状の程度の差のようにも見えるPMSとPMDDですが、治療はどのように違うのでしょうか。
まずは、PMSです。
軽いPMSには、規則正しい生活と、気分転換やリラックス法などによって、症状と上手に付き合っていけることということになりますが、中等度以上のPMSの場合には漢方薬やホルモン療法が用いられます。
ホルモン療法は婦人科の領域なので、ここではあまり触れませんが、排卵が起こって女性ホルモンが大きく変動することが原因なので、排卵を止めるためのホルモン治療ということになります。
それに対して、漢方薬は月経に関するホルモンの変動に直接作用するわけではありませんが、月経前の症状を緩和するのには有効です。
たとえば、肩が凝りやすく、頭痛がして、足が冷えて、顔がのぼせる、経血に塊が混ざりやすく、そのような身体所見で瘀血がある場合には、瘀血をターゲットとする桂枝茯苓丸を使います。元々雨の日の前の不調があったり、月経前に浮腫むことが多く、全体にやや冷えがあり、月経痛なども伴う方には、補血と利水を同時に行う当帰芍薬散を使いますし、火照りがあって、冷えのぼせもあり、イライラが強く、瘀血と胸脇苦満を認める場合には、もっと広い作用点を多い加味逍遙散を選びます。瘀血は目立たなくて火照りやイライラが強い場合には女神散、瘀血が著名でのぼせや便秘が強い場合には桃核承気湯など。他にも桂枝加竜骨牡蛎湯や柴胡加竜骨牡蛎湯、九味檳榔湯、加味帰脾湯を使用したり、併用することもあります。
では、PMDDについてはどうなのでしょうか。
PMDDのように精神症状が強い場合でも、PMSと同様に漢方薬やホルモン療法を行うことはあります。
当院ではホルモン療法は行えないので、漢方薬で治療をするわけですが、治療で劇的によくならなかったとしても、「生理前のイライラが少し軽くなって、子供や夫にイライラをぶつけずにすむようになって、気持ち的に楽になった」「症状はちょっと良くなっただけだけど、落ち込みをコントロールできるようになったから、漢方薬で様子をみます」と、漢方薬は有効であったりします。
しかし、PMDDほど精神症状が強い場合、私の経験的には、漢方薬では改善が難しいことが半分かそれ以上あると感じています。その場合には、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)という薬を用います。
このSSRIはうつ病でも用いられますが、うつ病で用いるよりも少ない用量でも十分効果があります。また、少量のSSRIによって症状がほとんど消失する方もおられますが、多くの方は気分の落ち込みやイライラが半分程度に軽くなった時点で「かなり楽になったからこれ以上は増量しなくてもいいです」「落ち込みやイライラはあるけれども、これくらい楽になれば全然問題です」というようにおっしゃる方が多くおられます。
産後からPMDDが始まったという方も多くおられます。とくに授乳中の方はお薬の心配があると思いますが、授乳中に安心して使えるSSRIもありますので、治療は無理だとあきらめないでください。
今日は、PMSとPMDDの治療について触れました。
PMSもPMDDも、その症状自体よりも、その症状に振り回されて取った行動の方がよっぽど辛く、後悔してしまうものです。症状に振り回されて、悪循環に入っていくようであれば、早めにご相談ください。
関連記事:PMS/PMDDについて①、PMS/PMDDについて②、PMS/PMDDについて③
双極性障害のうつ状態に用いられる代表的な気分安定作用のある薬
双極性障害のうつ状態の治療についてです。表題には、気分安定薬ではなく、あえて気分安定作用のある薬と書きました。
双極性障害の方は躁状態に比べうつ状態の期間が長いことが多く、うつ状態が長らく生活に支障を及ぼしてしまうことがあります。
双極性障害のうつ状態にも昔は抗うつ薬も使われていましたが、最近では抗うつ薬のみでの治療は、躁転を引き起こしたり、かえって気分の波を荒げたりするため勧められていません。
双極性障害のうつ状態にどんな薬を使うかというと、それが気分安定作用のある薬です。
双極性障害のうつ状態には、クエチアピン(商品名セロクエル、ビプレッソ)、オランザピン(商品名ジプレキサ)、リチウム(商品名リーマス、炭酸リチウム)、ラモトリギン(商品名ラミクタール)などが勧められています。
各薬剤についての代表的な注意点について簡単に触れます。
まず、気分安定薬の代表格であるリチウムです。これは躁状態にもうつ状態にも用いられ、双極性障害の治療では欠かすことのできない大事な薬です。とくに爽快なタイプの躁状態には第一選択で使うことの多い薬です。
副作用としては、急性や慢性の中毒の危険性、胎児への催奇形性、母乳への移行などがあります。
急性や慢性の中毒については定期的な血液検査や、中毒症状の早期発見、高齢者の方は定期的に休薬期間を設けるなどによって、多くを防ぐことができるので、大量服薬をしなければ、過剰に怖がる必要はありません。
催奇形性は、将来妊娠の可能性がある若年女性には当然注意が必要ですので、妊娠の可能性がある方では避けなければいけません(私は、妊娠の予定がない若年女性に対しても、最初からはリチウムは使わないようにしています)。
リチウムは、授乳中に注意しなければいけない精神科の薬として有名で、母乳にかなりの量が移行してしまいますので、授乳中は避けなければいけません。
ほかにも、リチウムは手の震えや喉の渇きがでることがよくあります。これらは治療に適切な血中濃度でも出現することが多いので、副作用とのバランスを考えながら、薬の用量を調節する必要があります。
次にラモトリギンについてです。ラモトリギンは、てんかんにも用いられる気分安定薬です。
リチウムと違うのは、躁状態よりもうつ状態への効果が強いことです。
胎児への催奇形性のリスクをあげないこともリチウムとは異なりますが、乳汁には移行するためリチウムと同じく母乳栄養は控えなければいけません。
ラモトリギンの一番の注意点は、重篤な皮膚障害を起こす可能性があることです。
この深刻な副作用は、非常に稀ですが、命にかかわることもあるので慎重にならなければいけません。
薬を初期用量から徐々に増やしていく投与初期の段階で起こると言われています。添付文書の増量ルールも守っていても発生したという報告もあるので、厳重に注意しなければなりません(ちなみに、私は添付文書よりもさらにゆっくりと増量していくようにしています。治療用量まで増量するのに時間がかかってしまいますが)。とくに、バルプロ酸(商品名デパケン、セレニカ)と併用する場合には注意が必要です。
ラモトリギンは増量するのに時間がかかりますが、他の薬で効果がなかった方がこの薬でうつ状態が目に見えてよくなることもしばしばありますえので、正しい知識で正しく怖がって治療に当たる必要があります。
最後に、クエチアピンとオランザピンに触れたいと思います。
両剤とも、元々は統合失調症などの幻覚妄想状態に使う薬でした。しかし、最近になって気分安定作用があることがわかってきたため、双極性障害にも用いられるようになってきています。
長所としては、リチウムやラモトリギンのような重大な副作用がないことです。妊娠中にも授乳中にも明らかな悪影響はないと言われており、有益性が上回れば使用も可能です。
しかし、欠点はあります。
一つ目は、糖尿病を引き起こすことがあることです。 食欲が増えたり、太りやすくなったりして、血糖値が挙がりやすくなり、両剤とも糖尿病には禁忌(絶対使ってはいけない)となっています。定期的に、高血糖をきたしていないかをチェックしていく必要があります。
二つ目は、眠気が出やすいことです。そのため、気分安定作用がでる用量まで増やせないことが多くあります。慣れてくると眠気は多少減ってきますが、それでも眠気が耐えられないというケースもどうしてもあります。
3つ目は、ムズムズしてじっとしていられないアカシジアという副作用が出現することがあることです。このアカシジアが出た場合は、薬を減量したり、変えたり、副作用止めを追加しなければなりません。
今日は、双極性障害のうつ状態の代表的な4つの治療薬の、代表的な特徴について触れました。
薬剤によって副作用が異なり、合併症や性別、躁状態やうつ状態のタイプなどによって、薬を選んでいきます。開始後は副作用に確認し、問題なければ、治療に必要な用量まで増やし、効果を判定していきます。副作用のため増量できない、あるいは増量できたが効果がないということであれば、もう一度薬を見直して、他のものを検討し、また効果を判定していきます。そして、治療中には数か月毎には血液検査をして、副作用が出ていないかのチェックを続けていきます。このような作業を繰り返しながら、副作用が少なく、効果のある薬を見つけていきます。
治療を受けておられる方、あるいは今から治療を受けようとされている方の参考になれば幸いです。
今日は薬について触れましたが、治療は薬物療法だけではありません。双極性障害の治療のゴールは「躁状態やうつ状態の波をゼロにすること」ではなく、「躁状態やうつ状態の波とうまく付き合っていける程度に症状をコントロールしていくこと」だと考えています。実際の治療では、どのように気分の波を乗りこなしていくかという観点も重要になってきます。機会があれば、その点についても触れればと思っています。
抗うつ薬の中止後症状について
昔は抗うつ薬というとうつ病の薬でしたが、最近では、うつ病だけでなく、不安障害全般(パニック障害、強迫性障害、PTSD、全般性不安障害など)、月経前不快気分障害(PMDD)などに使われるようになっています。
抗うつ薬によって症状がよくなり、再発のリスクの高い期間を過ぎたら、環境的にも心理的にも落ち着いていれば減薬を勧めていきます。そして、減薬中に再発がなければ、最後に抗うつ薬を中止していきます。
今日は、抗うつ薬を最終的に中止するときの注意点についてお話しします。
基本的には抗うつ薬は依存性がなく中止できますが、それでも中止後症状という現象が起きることがあります。
その中止後症状の多くは、薬を中止後5日以内に起こることがほとんどです。
中止後症状には、さむけ、筋肉痛、発汗、頭痛、吐き気、眠れない、夢をみる、風邪のような症状、めまい、音に敏感になる、涙が出続ける、落ち着かない、イライラする、理由もなく不安になる、集中力がでない、などがあります。
多くは軽い症状なので、様子をみるだけで徐々に落ち着いてきます。
症状が再発したと、焦って、薬をすぐに再開する必要はありません。
しかし、しばらく経っても落ち着かない場合には、中止後症状だけではなく、症状が再発していることもあるので注意が必要です。
何度も中止に失敗している方の場合には、薬を半錠、1/4錠(場合によってはそれ以上の少量)と減らしていって中止していきます。
半減期の長い抗うつ薬に切り替えてから、ゆっくり減薬して、中止していくという方法をとることもあります。
薬は、正しい知識によって正しい用い方をしないと、うまく増量できず治療が成功しなかったり、薬がやめれなくなってしまいます。心配な場合には、主治医の先生に相談してみてください。
狭義の更年期障害と広義の更年期障害
今日は更年期障害についてです。
狭義と広義というふうにあえて書いたのには、理由があります。順に説明していきたいと思います。
まずに、閉経と更年期についてです。閉経の平均年齢は50歳頃ですが、その閉経の前後5年間、合計10年間を更年期と呼びます。
卵巣から分泌されるエストロゲンとプロゲステロンは、20~30代でピークとなり、40歳頃から急激に低下がしていきます。
このエストロゲンとプロゲステロンの急激な低下によって、引き起こされるいろいろな身体や精神の不調を更年期障害と言います。
早い方だと、40歳頃から何らかの症状を自覚しはじめる方がおられる一方で、ほとんど不調を経験せずに更年期が過ぎていく方もおられます。
症状として多いのは、顔がほてり汗をかきやすい、手足がしびれて感覚が鈍くなる、寝つきが悪く途中で目を覚ましやすい、興奮しやすく神経質になる、くよくよと憂うつになる、めまいや吐き気がする、疲れやすい、関節が痛くなる、頭が痛い、動悸がする、腰が痛い、皮膚をアリがはる感覚がするなどです。
更年期障害が疑わしいときには血液検査で女性ホルモンを測りますが、実際に減少をしていた場合、とくに禁忌などがなければホルモン補充療法を提案されることと思います。そして、ホルモン補充療法でよくなってしまう方はもちろん一定数おられます。このような方はまさしく更年期障害なのですが、今回はこのような場合を「狭義の更年期障害」とします。
しかし、ホルモン補充療法などを行ってもあまり改善しない、あるいはホルモン値の低下がなく補充療法の適応にさえならないという方も多いのではないでしょうか。このような方を、私は「広義の更年期障害」と考え、治療をおこなっています。
女性の人生というのは、男性に比べて、人生における結婚、出産、育児などライフイベントが多く、その影響を大きく受けます。とくに、45~55歳頃の更年期というのは、多様な環境の変化が目まぐるしく襲ってきます。お子さんの友人との不和、不登校、反抗期、受験、進学などもあるでしょうし、ママ友やPTAの人間関係で悩んだり。結婚が早い方だとお子さんが独立し夫婦二人暮らしに戻ってかえってストレスが増えたり。旦那さんの定年によって生活が大きく変わったり。ご両親の病気、介護、他界などもこの時期だと思います。働く女性にとっては、仕事の責任が増してくる年齢でもあります。
女性の更年期の時期は、これらのライフイベントが一気に押し寄せてきて、精神的なストレスによって、心身の不調を容易にきたしてしまいます。
女子会などで友人に話すことでガス抜きしたり、ドラマや小説、音楽でカタルシスを得たり、趣味でリフレッシュしたりもよいかもしれません。ご自身の身体を顧みて来なかった方には食事を見直したり、漢方薬を試してみる手もあるかもしれません。いろいろ試してもよくならならないときには、向精神薬で治療した方がよいケースもあります。
私にとって、早く症状が良くなってほしいという気持ちは、辛い期間が短くなってほしいというだけでなく、イライラなどによる人間関係への負の影響を最小限に抑えたいという観点も同等あるいはそれ以上にあります。女性はとても共感力が強いため、イライラから起こしてしまった言動をしばらく引きずってしまったりすることがとても多く、悪いスパイラルに入ってしまうことがよくあるからです。
私は、更年期の女性の不調を日々診察することが多いため、このように「狭義の更年期障害」と「広義の更年期障害」というのを意識的に分けて考えています。婦人科で診るべきか、心療内科で診るべきか、というのが不明瞭になってしまって、患者様に迷惑をかけてはいけませんし。必要な心療内科・精神科の治療を見送ってしまってもいけないですので。
漢方的病態と漢方薬のベクトル
漢方治療というのは、その方の漢方的な状態を把握して、各生薬の特性を踏まえ方剤全体としてはどのような方向性と強さをもつのかを考えながら治療を行っていきます。
ベクトルというのは、方向性をもった量のことです。その方の漢方的な状態を把握するにも、方剤の方向性と強さを理解するにも、ベクトルという概念を用いると理解しやすいので、今回はあえてベクトルという言葉を使います。
その方の状態を漢方的なベクトルとして把握するためには、軸と、その軸を測る物差しが必要になります。これらの指標がなければその人の漢方的なベクトルがわかりませんし、治療に必要な方剤のベクトルも把握することができません。
では、どのような軸があるのでしょうか。
私は、気、血、水、火、精の5つで考えます。日本漢方では、気、血、水で考えることが多いですが、これに火と精を加えると病態を理解しやすくなります。火を気のなかに含める考え方もありますが、方剤のベクトルを理解するのには、火と気は分けたほうがよっぽど考えやすいです。
気・血・水・火・精の5つの軸によって、それぞれをどのように測るのでしょうか。
なかなか数字として測れるものではないので、気血水火精のそれぞれが、過剰か、正常か、不足か、うっ滞して分布異常をきたしているかを大まかに把握します。
気血水火精の過不足、うっ滞が全て異常なのでしょうか。
気は、過剰は問題となることはあまりありませんので、主に不足かうっ滞なのかを見ていきます。血は、主に不足していないかを中心に見ていきます。水や火は、過剰でも不足でもよくないので、過不足とうっ滞すべてをチェックしていきます。精については、主に不足がないかを見ていきます。
次に、これらをどのように判断するかについてです。
情報量として、一番多いのは問診だと思っています。主訴だけでなく、周辺の不調もチェックしていくと、大まかに、気血水火精のうち、どれがどうなっているから、今の状態になっているかが、浮かび上がってきます。
そのうえで、身体の所見を確かめていきます。舌や脈、腹、足の所見などから、想定した状態が実際に確認できるのかという視点で見ていきます。
このようにして、気血水火精のそれぞれのパラメータがわかってきます。あとは何をするかというと、その人を治するのに必要なベクトルに対して、最も近い方剤を見つける作業をして、終了です。あとは、効果を期待して、待つことになります。
もちろん、弁証はこれだけではないので、他の弁証の方法も別の機会で触れられればと思っています。
関連記事:漢方の見立てには詳しい問診と診察が必要、漢方治療で効果が見込める精神疾患、不安障害を漢方薬で診るということ
双極性障害のうつ状態の特徴
躁うつ病と言えばどんな病気かはイメージができると思いますが、双極性障害はイメージできるでしょうか。
躁うつ病は明らかな躁状態と明らかなうつ状態を繰り返す病気のことですが、双極性障害はそれよりも広い概念でもっと軽い病状も含んだ診断名です。
双極性障害には、症状が激しい順に、双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害、気分循環性障害などがあります。
双極Ⅰ型障害は、躁うつ病のように激しい気分変動があるため、診断が間違われることはあまりありませんが、双極Ⅱ型障害や気分循環性障害などは見逃されやすい病気です。
理由はいくつかあります。軽い躁状態は自分のなかで異常なものとは認識しにくいだけでなく、その爽快な状態を自身の本調子として自覚しておられます。そのため、主治医がうまく聞き出さないと、ご本人から軽躁状態の話が挙がることが少ないことが挙げられます。また、軽い気分変動の場合には、しっかり記録をつけて振り返らないと自分の波に気がつくことが難しかったりもします。特に女性の場合は月経関連の不調もあるのでさらにわかりにくく、月経の波か他の波なのか判別しにくいものです。
躁状態や軽躁状態以外にも、双極性障害の方の特徴があります。ここでは、あえて二つだけ、ご本人にも比較的わかりやすいものをお話しします。
一つ目は、うつ状態のときの睡眠と食事についてです。普通の単極性うつ病では「寝れない」「食べれない」というのが通常ですが、「寝すぎる」「食べ過ぎる」など非典型的なうつ状態の方は、将来双極性障害になっていく可能性があります。双極性の方が皆、過食と過眠をきたすわけではありませんが、典型的な単極性うつ病の方に比べて、このような傾向が目立ちます。
二つ目は、気分反応性というものです。どんな人でも、良いことがあれば嬉しくなり、悪いことがあれば悲しくなる。人間として正常な心理活動ですが、非定型うつ病の方には、喜怒哀楽などの心理反応が過剰に表れやすいと言われています。これを「気分反応性が高い」と言います。双極性障害の方にも、このような特徴を持ち合わせている方がおられます。良いことには容易にハイテンションとなり、悪いことには絶望的に落ち込む。このような明らかに過剰な情動変化を見つけたときにも今後の経過に注意が必要です。
「新型うつ病」という休日には元気になるといううつ病があります。これは医学的な診断名ではありませんが、昨今注目されているものです。多くは適応障害の類いであると思われますが、非定型うつ状態の方も前述の気分反応性の高さによって、新型うつ病のように見えることがあります。好きなことには元気がでてしまうため、休日に動けてしまうからです。そのため、新型うつ病と思われている方のなかに双極性障害が隠れていることがあります。
ここでは、過食と過眠、気分反応性について触れました。双極性障害には、他にも、うつ状態の持続期間の長さ、発症年齢の若さ、抗うつ薬で躁転、家族歴がある、産後うつ病、季節性があるなどの双極性障害を疑うポイントがありますので、別の機会で触れればと思います。
自律神経失調症は漢方の出番です
頭痛、全身倦怠感(体のだるさ)、疲労感(疲れやすい)、食欲低下、微熱、熱っぽい、顔の火照り、のぼせ、不安、いらいら、怒りっぽい、憂うつ、動悸、息苦しさ、手足の冷え、手足のしびれ、めまい、ふらつき、腰痛、背部痛、喉の痞え、口内炎、喉の渇き、胃の不快感、胃もたれ、胃痛、胸やけ、吐き気、下痢、便秘、腹痛、肩こり、筋肉の痛み、生理不順、寝汗、、、、
困っている症状があり、病院を訪れ、検査をして、何らかの異常が見つかり、病名がわかり、その治療を行って、症状はよくなれば、一件落着です。しかし、このようなケースばかりではありません。 いろいろ検査をしてもこれといった原因が見つからないことや、多少の検査結果の異常はあるけれども症状を説明できるほどではないことは頻繁にあります。
このようなときによく使われるのが「自律神経失調症」で、他に病気は見つからないため、自律神経のバランスが崩れて身体に失調をきたしているとして用いられます。自律神経は交感神経と副交感神経から構成されますが、実際に交感神経系と副交感神経系の働きを測定して診断されることはあまりありません。
現代医学的に自律神経の乱れとしか説明できないような場合でも、漢方医学的にみると原因は明らかであることがあります。自律神経失調症の中には、漢方のコモンディジィーズ(日常的に高頻度で遭遇する疾患)とも言える病態が多く隠れています。
私も漢方を勉強するまでは、「自律神経失調症」と診断されたという方に対して、「悪い病気はないのだから、心配せずに様子を見ましょう」とか、「精神的なストレスか一因だろうから少量の抗不安薬で様子を見ましょう」とか、説明していた時期もありました。ところが、漢方の知識と経験が付いてくると「これぞ、漢方の出番」という場面が本当に数多くあることに気が付きました。
残念ながら、今まで多くの「漢方の出番」を見逃していました。
もちろん、不規則な生活習慣や、ストレスとなっている環境を見直したりすることは必要です。それでも、なかなか症状がよくならない場合は漢方薬を試してみてもいいかもしれません。
漢方薬は、薬全体のベクトルが間違っていると、よくならないだけでなく、悪くなることもあります。漢方の専門の先生のところで相談してみるといいかもしれません。
その患者様にちゃんと合っていると、こころの症状にも、からだの症状にも、複数の症状に対して同時に効果が出てきます。
不眠とその原因について
睡眠のトラブルは、いろいろな要因によっておこってきます。身体の疾患や、心理的要因、薬の影響、精神疾患によるものなどいろいろな原因が不眠をきたします。
そして、その原因によって最初にどのように治療していくかが決まります。治療すべき原因があるにもかかわらず、初期の治療を間違えると効果が不十分なだけでなく、残念ながら睡眠薬の依存に至ってしまうこともあります。
では、不眠にはどのようなものがあるのでしょうか。今回は、大きく4種類に分けました。
- 身体の疾患からの不眠
- 体内時計のずれ
- 精神疾患
- 原発性の不眠症
原因がはっきりしているものを①~③として最初に挙げて、他に原因がないものを④として最後にしました。
①の代表的なものには、むずむず足症候群、周期性四肢運動障害、睡眠時無呼吸症候群などが挙げられます。これらの疾患には、従来の睡眠薬を投与するよりもそれぞれの疾患に対する治療が優先されます。
②のなかで多いものに、若年者には睡眠相後退、高齢者には睡眠相前進による概日リズムの障害があります。これらの体内時計の問題も、従来の睡眠薬ではなく、生活の改善や、高照度光療法、メラトニン受容体作動薬などの治療を行います。
③の精神疾患の場合も、さまざまな睡眠困難が出現します。睡眠の確保も並行して行うこともありますが、基本的には精神疾患そのものの治療を優先して行っていきます。また、精神疾患の治療中に薬による睡眠困難が出現することもあります。たとえば、抗うつ薬の副作用として睡眠困難が起こったり、抗精神病薬や抗うつ薬の副作用のむずむず足症候群やアカシジアによって睡眠困難に至ったりすることもあるので注意が必要です。
④のように、他に原因がないような場合を原発性不眠症と言います。まずは睡眠に悪いことをしないように生活の改善を試みます。そして、不眠の程度に応じて睡眠薬を使用していきます。従来の睡眠薬は依存性があり注意が必要ですが、最近では依存性が少ない睡眠薬も登場しています。睡眠薬の依存にならないためには、実生活での悪循環の要因を減らしながら、通院のたびに実現可能な目標を設定しなら、徐々に薬を回数を減らしていくことが大変重要です。
今回は不眠についてごく簡単に触れましたが、またどこかで詳しく触れれればと思っております。
関連記事:眠気と睡眠のリズムについて、本当に寝れていない?
不安障害を漢方薬で診るということ
心療内科や精神科のクリニックを受診すると、各不安障害の診断のもとSSRIなどの抗うつ薬あるいは安定剤の治療を提案されることが多いと思いますが、当院では症状の程度が軽い場合には、漢方治療と心理療法を提案することがあります。
今回は不安障害の方の漢方治療の特徴についてお話します。
漢方治療というのは「パニック障害なら○○湯。効果なければ○○湯」のような病名処方ではなく、漢方特有の診断法によって方剤を選んでいきます。その際には、症状とは一見関係のないような問診や身体診察が重要になります。
不安障害などのこころの症状であっても、もちろん身体の診察が必要になります。身体の診察というのは望診や脈診、腹診、舌診などです。なかでも、不安障害の方の場合には腹診が参考になることが多くあります。
腹診では、腹部の全体的の力の程度はどうか、胸脇苦満という肋骨弓に沿った腹壁の異常緊張があるのか、精神的緊張が非常に強い方に見られやすい腹直筋拘攣があるのか、 交感神経の昂りや精神的な興奮を反映する腹部の大動脈拍動があるかどうか、胃部振水音があるかどうか、など確認します。
そして、問診や他の身体所見も総合的に考慮して、生薬単位で何が必要かを頭の中で整理して、取捨選択していきます。
具体的には、柴胡による和解薬が必要か、竜骨、牡蛎のような重鎮安神薬を含む必要があるのか、竜眼肉、酸棗仁、遠志などの寧心安神薬が配されるべきか、芍薬、甘草などによる鎮痙作用が必要か、水に関連した病態で利水薬を入れておかなければならないか、半夏、茯苓などの痰に対する生薬が必要か、厚朴、陳皮、薄荷、蘇葉、香附子などの理気薬が必要か、瘀血に対する桃仁、牡丹皮、川芎、芍薬が必要か、黄芩 、黄連、黄柏、山梔子などの気分の清熱が必要か、地黄や赤芍、牡丹皮などで血熱を冷ます必要があるか、など。
このようなことを考えながら、どの方剤の組み合わせがよいのかを検討していきます。そして、可能であれば生薬数の少ない方剤を選びます。これは、生薬数の少ない方剤の方が一般的に効果が早く、効果も実感しやすいからです。
具体的な詳しい弁証については、今後のコラムで、具体的な方剤名をあげて、触れていければと思っております。