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定期採血について
定期採血についていくつかご意見をいただいたので、ここで説明させてもらうことにしました。
当院では、当然ながら必要性がない血液検査は行っておりません。
比較的頻度の多い血液検査ということは、定期採血を要する薬剤を服用されていたのではないかと推測します。
定期的に採血が必要な薬剤はいくつかありますが、最も注意を要するのがリチウムです。
リチウムは、双極性障害の躁状態にもうつ状態にも用いられ、数種類の他剤が無効な場合にもリチウムへの切り替えによって病状改善が得られるケースは多くあり、双極性障害の治療において欠かすことのできない代表的な治療薬になります。
しかし、難点があります。
それは、薬剤の治療用量と中毒用量と近接していることです。
そのため、下記資料にあるように、血中濃度と副作用の確認のために、定期的採血を行わないといけません。
投与初期や増量中には1週間に1回、用量が変わらない維持期は 2~3 か月に 1 回をめどに血液検査を行うことが推奨されています。
リチウム中毒(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000842885.pdf
リチウム添付文書
https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00065672.pdf
他院に通院されており、リチウムを長らく服用しているのに、一度も採血をしたことがないという方がたまにおられます。
血中濃度を確認せずに、十分量のリチウムを投与することは非常に危険です。
それだけでなく、治療域に満たない低用量のリチウムでは、そもそも効果が期待できません。
治療域に入っているか、中毒域になっていないか、副作用がないかなどを採血で定期的にチェックをしないと、適切な治療ができません。
また、医薬品副作用被害救済制度というものがあります。
重篤な健康被害が出た場合に、医療費や年金などの給付を行う公的な制度です。
ただし、 薬剤を 「ルールに従って正しく」 使用していた場合の制度ですので、
必要な検査を行わないなど、不適切な薬剤使用をしている場合には、この救済制度が受けられないことがありますので、注意が必要です。
PMDA(医薬品医療機器総合機構)による医薬品副作用被害救済制度
https://www.pmda.go.jp/kenkouhigai_camp/
以上いくつかの理由から、当院では安全に安心して治療を受けていただくために、リチウム投与中は定期的な採血を行っております。
リチウム以外の気分安定薬や一部の漢方薬でも、副作用が出やすい薬剤については、リチウムほどの頻度ではありませんが、安全のために定期的に採血を行っております。
採血が苦手な方、あるいはしたくない方は、我慢せずに率直にお伝えください。
ちゃんと伝えていただければ、無理に採血を行うことは絶対にありません。
定期採血を要する薬剤を中止して、ご希望にできるだけ沿って、代替できる治療法を検討いたします。
PMS/PMDDについて③
次に、薬物療法についてです。
症状が中等症以上の場合には、薬物療法が必要になることが多くあります。
① 低用量ピル(OC-LEP)
低用量ピルによって排卵が起こらないようにすることで、エストロゲンとプロゲステロンの変動がなくなり、月経前の不快な症状が改善します。 嘔気や倦怠感、体重増加などの副作用が生じることがあります。
② 抗うつ薬(SSRI)
精神症状が強い場合には、抗うつ薬の中でもSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を使用します。SSRIは脳内のセロトニンの濃度を高める作用があるため、卵巣ホルモンの変動によって生じる、気分の落ち込みやイライラ感などを改善が期待できます。また、プロゲステロンの合成体の活性化を高める働きもあるので、抗不安作用もあります。
SSRIは投与初期に嘔気が出やすいですが、それ以外の副作用はそれほどなく、依存性はないため、比較的安心して服用ができます。
私の経験的でいうと、SSRIの用量は、ほかの疾患(うつ病、強迫性障害、パニック障害など)よりも低用量で効果がみられることが多いという印象です。
また、排卵日頃から月経までの2週間だけSSRIを服用し、うまくいくケースもあります。毎日服用が心配な方や症状が比較的軽い場合には、月経前だけの服用を勧めたりします。
③ 漢方薬
低用量ピルやSSRIが副作用で飲めない、SSRIに抵抗があって飲みたくない、精神症状がそこまで重症でない、などの場合には、漢方薬を使います。
精神症状だけでなく、月経関連の身体症状が強い場合にも、漢方を提案します。SSRIと漢方薬を併用するケースも結構あります。
PMDDでよく使う漢方薬には、加味帰脾湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、桂枝加竜骨牡蛎湯、柴胡桂枝乾姜湯、抑肝散、抑肝散加陳皮半夏、女神散、黄連解毒湯、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、四物湯、九味檳榔湯、通導散、芎帰調血飲第一加減等があります。一剤で治療することありますが、合方と言って、複数の漢方薬を重ねて使うことも多くあります。
主となる訴えだけでなく、周辺の症状をお聞きして、ある程度の方剤を絞りこんでから、腹診や脈診、ときに舌診を行い、方剤を決定します。
事前の予想通りの漢方的身体所見が得られれば、迷うことなく漢方薬を選択できますが、そういったケースばかりでもないため、問診と、身体所見に解離がある場合には、どちらを優先するかは、個別で判断していきます。
PMS/PMDDについて②
続いて、PMS/PMDDの非薬物療法についてです。
PMSとPMDDの治療にあたって、まず本当に月経の周期に一致しているのかを確認する必要があります。
できれば症状の記録をつけていただき、そのパターンを把握します。
そうして、本当に月経前の症状だと確認できたら、治療を行っていきます。
軽症から中等症の程度までの場合は、生活改善指導による効果が期待できます。
夜更かしや偏った食事などの生活習慣を続けていると、PMSやPMDDの症状が悪化することもありますので、 規則正しい睡眠、バランスの良い食事、適度な運動を心がけることが必要です。
飲酒、喫煙、カフェイン、精製糖を制限することが有効なこともあります。
月経周期が規則正しい場合には、月経前を穏やかに過ごすために、前もって月経前付近に予定を入れないようにしてみるのもよいでしょう。
また、ストレスが多い環境にいる場合には、日ごろから辛くて苦しい感情を言葉にして話すこともとても大事です。
心理社会的ストレスによって症状が悪化することがしばしばあるので、抱えている心理的な悩みを整理するために、心理療法(カウンセリング)の実施が有効なこともあります。
月経前の不調ある方は、生活を振り返ってみて、改善できることを少しずつからでもやってみてください。
PMS/PMDDについて①
当院では漢方治療を積極的に行っているため、月経前の不調で困ってらっしゃる方が多くお見えになります。
そのため、PMS(月経前症候群)とPMDD(月経前不快気分障害)について説明していきたいと思います。
PMS/PMDDの症状出現の明確なメカニズムはわかっていませんが、卵巣ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)の変動が関与していると言われています。
排卵から月経発来までの黄体期の期間に、卵巣ホルモンは多く分泌されますが、黄体期の後半になってくると卵巣ホルモンは急激に減少します。それによって、精神症状が出現することがわかってきています。
エストロゲンは、脳内のセロトニン受容体の数を増加させたり、セロトニン活性を調節します。セロトニンは気分の調節に関与し、気持ちを安定させる作用があるため、エストロゲンが黄体後期に急激に減少することによって、情緒や気分に影響を及ぼすと言われています。
また、プロゲステロンの代謝産物も大きく関わっていると指摘されています。プロゲステロンの代謝産物は、脳内においてGABAA受容体に結合して、抗不安作用を示します。プロゲステロンの黄体期後期の急激な減少によって、この代謝産物も同じく急激に低下するため、抗不安作用が減弱し、強い不安感などの情緒面の不調を引き起こすと言われています。
加えて、心理社会的なストレスや生活習慣もホルモンの乱れに関与すると言われています。
PMSとPMDDによる精神症状が起こるのは、エストロゲンと、プロゲステロンの代謝産物の変動によるわけですが、ストレスや生活習慣によってホルモンバランスが乱れて、月経前の症状が悪化することもありますので、注意が必要です。
本当に寝れていない?
必要な睡眠時間というのは、年齢とともに減少していきます。
そのため、若いころのように寝れなくなったといっても、それは生理的に正常であることがあります。
睡眠時間の大体の目安です。
25歳・・・7.0時間
45歳・・・6.5時間
65歳・・・6.0時間
85歳・・・5.5時間
あくまでも目安であるため、適正な睡眠時間は個人差はありますが、加齢によって睡眠時間が減少してくるの事実は変わりません。
ご高齢の方は、自分の求める睡眠時間と生理的に必要な睡眠時間との間にミスマッチが起こりやすくなります。
関連記事:不眠とその原因について、眠気と睡眠のリズムについて
眠気と睡眠のリズムについて
今日は、眠気と睡眠のリズムについて、簡単に説明します。説明には、二過程モデルというものを用います。
まずは、概日リズム、いわゆる体内時計について触れます。
この概日リズムは、睡眠と覚醒の制御において非常に重要なものです。
概日リズムは、サーカディアンリズムとも言い、サーカ(約=概)とディアン(1日=24時間)をつなげたもので、約24時間リズムという意味です。
この概日リズムは、外部の明暗環境が一定でも、大体24時間に保たれます。脳の中の視交叉上核というところがこの体内時計を調節し、光で調整されます。この視交叉上核の一つ一つの細胞に時計があることがわかり、今では体のどの細胞にもこの時計があることがわかっています。
この概日リズムによる眠気は、昼過ぎに小さな山ががあり、その後眠気はなくなり、夕方にまた小さいな山があり、寝る頃に大きな山がきて、朝までその山が続きます。そして、朝起きると、眠気はなくなり、また昼過ぎに小さな山があり、、、、と毎日繰り返されます。
概日リズムは朝にリセットする必要があるので、朝日を毎朝ちゃんと浴びることが重要になります。
朝に起き、夜の程よい時間に寝ることができている人は、この体内時計が保たれているということです。
しかし、昼まで寝ることを繰り返していると、体内時計がずれてしまいます。とくに、遮光カーテンを閉めきって寝ていると、体内時計はずれやすくなります。
昼間まで寝ていたとしても、日光が入る部屋であれば、瞼を通して光が少しでも入っていれば、概日リズムはずれにくいと言われています。
睡眠と覚醒のリズムに関して、もう一つ重要なのものは、睡眠負債です。
睡眠負債というのは、文字の通り、睡眠の借金です。
覚醒している状態が続くと、睡眠の借金は徐々に増えていきます。
「寝だめ」という言葉があります。しかし、実際には睡眠を貯めておくことはできず、マイナスになった睡眠の借金を返済することしかできません。
概日リズムの眠気に加えて、睡眠負債による眠気が溜まってきて、夜の眠気が出てきます。
言い換えると、実際に感じる眠気は、先に述べた概日リズムによる眠気と睡眠負債による眠気を足し合わせたものということです。
徹夜明けでも頭がスッキリと起きてくるのは、朝になって睡眠負債は積み重なっていくにもかかわらず、概日リズムによる眠気がなくなるからです。
時差ぼけも、このモデルで説明できます。
この二過程モデルは、眠気の細かな複雑な変化を説明できない難点はあるようですし、情動の影響による眠気の減少などは無視していますが、大まかな説明はできると言われています。
睡眠で困った際には、今回の話をイメージしてみると、解決策がわかることもあるかもしれません。
もちろん、睡眠や精神の病気による睡眠障害は、このモデルでは説明できまませんので、生活は規則正しくしているけれども、睡眠がとれないというときには相談していただければと思います。
関連記事:不眠とその原因について、本当に寝れていない?
軽躁状態ってどんなの?
私は、うつ状態でお見えになった方には、必ず「頭も体も軽くて、頑張り過ぎていた時期はないですか?」と聞きます。
もし「ない」とおっしゃっても、うつ状態が典型的ではない場合には、
- 「寝る時間を惜しんで、何かに没頭していた時期はありますか?」
- 「次々とアイデアが浮かんで、過活動していた時期はありませんか」
- 「友達にテンションが高くて、心配されたことはないですか?」
- 「何でもできるように感じて、爽快に動き回っていた時期はないですか?」
などと表現を変えて、確認します。
いろいろな確認の仕方をしても、軽躁状態は見つけられないことがあります。
それは、軽躁状態というのは、双極性障害の方にとって、本来の状態(本調子)だと思っておられることが多いからです。
そのため、いくら聞いても「そんなことはない」ということになります。
周りの人の方が、よっぽどその人のことをよくわかっていることもあるので、同伴された家族や友人に聞いてみて、初めて軽躁状態が発覚することもあります。
なぜこれを知りたいかというと、うつ状態の方の中に、双極性障害の方が一定の割合で混じっているからです。
双極性障害は上記のような理由から見逃されやすく、うつ病の治療を始めて、数年経ってから、躁状態や軽躁状態をきっかけに、ようやく診断が双極性障害に切り替わることも多くあります。
治療についてはどうかというと、うつ病のうつ状態と、双極性障害のうつ状態とで、もちろん治療法が異なります。
うつ病は、新規抗うつ薬(SSRI、SNRI、Nassa)をメインで使いますが、双極性障害では、気分安定作用のある薬(クエチアピン、オランザピン、リチウム、ラモトリギンなど)を用います。
うつ病と双極性障害では治療薬が異なるため、診断がとても重要になります。治療が違っていると、当然良好な経過は得られません。
うつ状態の方が受診される場合には、自身の若い頃から気分の浮き沈むがなかったかを振り返ってみたり、家族や友人に過去にテンションが高い時期がなかったかについて聞いてきたりしてみてください。
診断の助けになりますので、大変助かります。
今回は、軽躁状態と双極性障害について触れ、受診の際のお願いを最後に付け加えさせてもらいました。参考になれば幸いです。
うつ病/うつ状態のときの大きな決断について
うつ病の治療を行っていると、仕事のことは絶対に避けて通れません。
今回は、退職や転職などの決断について大事なことをお話しします。
それは、「うつ状態のときには重大な決断をしない」ということです。
なぜかというと、うつ状態のときは、しっかり頭が回らず、冷静に物事を考えられないだけでなく、うつ症状によって悲観的な観測ばかりをしてしまうためです。そのため、良い判断はできません。
退職だけではありません。離婚や大きな取引ついても同じです。
これらの不可逆的(元に戻すことができない)な重大な決断は、頭がよく回るようになってから、冷静に物事を考えて行うのがよいと思います。
そのため、診察時にうつ病の方が「もう体が動かなくて会社に行けないから退職しようと思っている」「とにかく仕事から離れたいから退職届を出すつもりです」とおっしゃったとしても、「まずは休職して、よくなってから冷静に考えてください」と説得します。
うつ病の最中に退職してしまって、短期的には仕事の重圧がなくなって気持ちは楽になりますが、うつ病がよくなって本調子になってから後悔してしまうこともあります。仕事だけでなく、結婚や大きな取引も同様です。
一方で、決断を延期するように促さない場合もあります。
うつ症状が軽度で判断力がある方が「ここの会社はどうしても自分には合わないから転職をしようと思っている」とおっしゃったなら、多くの場合は反対しません。
明らかに衝動的な決定だったり、明らかに良くない決断である場合には「もう一週間だけ考えましょう」とアドバイスしたり、「もう少し時間をかけて一緒に考えていきましょう」と解決策を一緒に考えていく姿勢をとっていきます。
不用意に重大な決断をしてしまったことで、後々になって、心にも、社会的にも、大きな痛手を負ってしまうことがあります。
人の人生というのは、節目節目で、何かを選んで、場合によっては何かを捨てて、形づくられていきます。
うつ病になったということは、無理が生じてきた結果であり、人生の一つの節目になることが多くあります。
だからこそ、大きな決断は慎重にしていくべきですし、良い決断ができる状態で、しかるべき時期にしっかり行ってください。
できるかぎり不利益がないだけでなく、将来に活きる決断ができることを願っていますし、主治医としてもできるかぎり助けになれればと思っています。
関連記事:うつ病がちゃんとよくなっているのかがわかる指標ってあるんですか?、同僚にADHDではないかと言われたけど、、、、うつ病の方の復職について、うつ病の方の不安について
PMSとPMDDの治療について
月経前症候群(premenstrual syndrome : PMS)とは、月経前に、精神的あるいは身体的な不快な症状が出現し、月経開始とともに軽快あるいは消失するものをもののことを言います。
PMSの症状には、イライラ、憂うつ、不安、集中力低下、眠気、不眠、のぼせ、ほてり、食欲低下、食欲亢進、めまい、倦怠感、腹痛、便秘、下痢、頭痛、腰痛、むくみ、乳房の張りなどがあります。
そして、PMSのなかでも、とくに精神症状(憂うつやイライラなど)が強いものを、月経前不快気分障害(premenstrual dyspholic disorder : PMDD)と呼びます。
症状の程度の差のようにも見えるPMSとPMDDですが、治療はどのように違うのでしょうか。
まずは、PMSです。
軽いPMSには、規則正しい生活と、気分転換やリラックス法などによって、症状と上手に付き合っていけることということになりますが、中等度以上のPMSの場合には漢方薬やホルモン療法が用いられます。
ホルモン療法は婦人科の領域なので、ここではあまり触れませんが、排卵が起こって女性ホルモンが大きく変動することが原因なので、排卵を止めるためのホルモン治療ということになります。
それに対して、漢方薬は月経に関するホルモンの変動に直接作用するわけではありませんが、月経前の症状を緩和するのには有効です。
たとえば、肩が凝りやすく、頭痛がして、足が冷えて、顔がのぼせる、経血に塊が混ざりやすく、そのような身体所見で瘀血がある場合には、瘀血をターゲットとする桂枝茯苓丸を使います。元々雨の日の前の不調があったり、月経前に浮腫むことが多く、全体にやや冷えがあり、月経痛なども伴う方には、補血と利水を同時に行う当帰芍薬散を使いますし、火照りがあって、冷えのぼせもあり、イライラが強く、瘀血と胸脇苦満を認める場合には、もっと広い作用点を多い加味逍遙散を選びます。瘀血は目立たなくて火照りやイライラが強い場合には女神散、瘀血が著名でのぼせや便秘が強い場合には桃核承気湯など。他にも桂枝加竜骨牡蛎湯や柴胡加竜骨牡蛎湯、九味檳榔湯、加味帰脾湯を使用したり、併用することもあります。
では、PMDDについてはどうなのでしょうか。
PMDDのように精神症状が強い場合でも、PMSと同様に漢方薬やホルモン療法を行うことはあります。
当院ではホルモン療法は行えないので、漢方薬で治療をするわけですが、治療で劇的によくならなかったとしても、「生理前のイライラが少し軽くなって、子供や夫にイライラをぶつけずにすむようになって、気持ち的に楽になった」「症状はちょっと良くなっただけだけど、落ち込みをコントロールできるようになったから、漢方薬で様子をみます」と、漢方薬は有効であったりします。
しかし、PMDDほど精神症状が強い場合、私の経験的には、漢方薬では改善が難しいことが半分かそれ以上あると感じています。その場合には、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)という薬を用います。
このSSRIはうつ病でも用いられますが、うつ病で用いるよりも少ない用量でも十分効果があります。また、少量のSSRIによって症状がほとんど消失する方もおられますが、多くの方は気分の落ち込みやイライラが半分程度に軽くなった時点で「かなり楽になったからこれ以上は増量しなくてもいいです」「落ち込みやイライラはあるけれども、これくらい楽になれば全然問題です」というようにおっしゃる方が多くおられます。
産後からPMDDが始まったという方も多くおられます。とくに授乳中の方はお薬の心配があると思いますが、授乳中に安心して使えるSSRIもありますので、治療は無理だとあきらめないでください。
今日は、PMSとPMDDの治療について触れました。
PMSもPMDDも、その症状自体よりも、その症状に振り回されて取った行動の方がよっぽど辛く、後悔してしまうものです。症状に振り回されて、悪循環に入っていくようであれば、早めにご相談ください。
関連記事:PMS/PMDDについて①、PMS/PMDDについて②、PMS/PMDDについて③
双極性障害のうつ状態に用いられる代表的な気分安定作用のある薬
双極性障害のうつ状態の治療についてです。表題には、気分安定薬ではなく、あえて気分安定作用のある薬と書きました。
双極性障害の方は躁状態に比べうつ状態の期間が長いことが多く、うつ状態が長らく生活に支障を及ぼしてしまうことがあります。
双極性障害のうつ状態にも昔は抗うつ薬も使われていましたが、最近では抗うつ薬のみでの治療は、躁転を引き起こしたり、かえって気分の波を荒げたりするため勧められていません。
双極性障害のうつ状態にどんな薬を使うかというと、それが気分安定作用のある薬です。
双極性障害のうつ状態には、クエチアピン(商品名セロクエル、ビプレッソ)、オランザピン(商品名ジプレキサ)、リチウム(商品名リーマス、炭酸リチウム)、ラモトリギン(商品名ラミクタール)などが勧められています。
各薬剤についての代表的な注意点について簡単に触れます。
まず、気分安定薬の代表格であるリチウムです。これは躁状態にもうつ状態にも用いられ、双極性障害の治療では欠かすことのできない大事な薬です。とくに爽快なタイプの躁状態には第一選択で使うことの多い薬です。
副作用としては、急性や慢性の中毒の危険性、胎児への催奇形性、母乳への移行などがあります。
急性や慢性の中毒については定期的な血液検査や、中毒症状の早期発見、高齢者の方は定期的に休薬期間を設けるなどによって、多くを防ぐことができるので、大量服薬をしなければ、過剰に怖がる必要はありません。
催奇形性は、将来妊娠の可能性がある若年女性には当然注意が必要ですので、妊娠の可能性がある方では避けなければいけません(私は、妊娠の予定がない若年女性に対しても、最初からはリチウムは使わないようにしています)。
リチウムは、授乳中に注意しなければいけない精神科の薬として有名で、母乳にかなりの量が移行してしまいますので、授乳中は避けなければいけません。
ほかにも、リチウムは手の震えや喉の渇きがでることがよくあります。これらは治療に適切な血中濃度でも出現することが多いので、副作用とのバランスを考えながら、薬の用量を調節する必要があります。
次にラモトリギンについてです。ラモトリギンは、てんかんにも用いられる気分安定薬です。
リチウムと違うのは、躁状態よりもうつ状態への効果が強いことです。
胎児への催奇形性のリスクをあげないこともリチウムとは異なりますが、乳汁には移行するためリチウムと同じく母乳栄養は控えなければいけません。
ラモトリギンの一番の注意点は、重篤な皮膚障害を起こす可能性があることです。
この深刻な副作用は、非常に稀ですが、命にかかわることもあるので慎重にならなければいけません。
薬を初期用量から徐々に増やしていく投与初期の段階で起こると言われています。添付文書の増量ルールも守っていても発生したという報告もあるので、厳重に注意しなければなりません(ちなみに、私は添付文書よりもさらにゆっくりと増量していくようにしています。治療用量まで増量するのに時間がかかってしまいますが)。とくに、バルプロ酸(商品名デパケン、セレニカ)と併用する場合には注意が必要です。
ラモトリギンは増量するのに時間がかかりますが、他の薬で効果がなかった方がこの薬でうつ状態が目に見えてよくなることもしばしばありますえので、正しい知識で正しく怖がって治療に当たる必要があります。
最後に、クエチアピンとオランザピンに触れたいと思います。
両剤とも、元々は統合失調症などの幻覚妄想状態に使う薬でした。しかし、最近になって気分安定作用があることがわかってきたため、双極性障害にも用いられるようになってきています。
長所としては、リチウムやラモトリギンのような重大な副作用がないことです。妊娠中にも授乳中にも明らかな悪影響はないと言われており、有益性が上回れば使用も可能です。
しかし、欠点はあります。
一つ目は、糖尿病を引き起こすことがあることです。 食欲が増えたり、太りやすくなったりして、血糖値が挙がりやすくなり、両剤とも糖尿病には禁忌(絶対使ってはいけない)となっています。定期的に、高血糖をきたしていないかをチェックしていく必要があります。
二つ目は、眠気が出やすいことです。そのため、気分安定作用がでる用量まで増やせないことが多くあります。慣れてくると眠気は多少減ってきますが、それでも眠気が耐えられないというケースもどうしてもあります。
3つ目は、ムズムズしてじっとしていられないアカシジアという副作用が出現することがあることです。このアカシジアが出た場合は、薬を減量したり、変えたり、副作用止めを追加しなければなりません。
今日は、双極性障害のうつ状態の代表的な4つの治療薬の、代表的な特徴について触れました。
薬剤によって副作用が異なり、合併症や性別、躁状態やうつ状態のタイプなどによって、薬を選んでいきます。開始後は副作用に確認し、問題なければ、治療に必要な用量まで増やし、効果を判定していきます。副作用のため増量できない、あるいは増量できたが効果がないということであれば、もう一度薬を見直して、他のものを検討し、また効果を判定していきます。そして、治療中には数か月毎には血液検査をして、副作用が出ていないかのチェックを続けていきます。このような作業を繰り返しながら、副作用が少なく、効果のある薬を見つけていきます。
治療を受けておられる方、あるいは今から治療を受けようとされている方の参考になれば幸いです。
今日は薬について触れましたが、治療は薬物療法だけではありません。双極性障害の治療のゴールは「躁状態やうつ状態の波をゼロにすること」ではなく、「躁状態やうつ状態の波とうまく付き合っていける程度に症状をコントロールしていくこと」だと考えています。実際の治療では、どのように気分の波を乗りこなしていくかという観点も重要になってきます。機会があれば、その点についても触れればと思っています。